ラストサムライとお花見と時々曇り。

  • 2011.04.09 Saturday
  • 01:53
ここ一カ月、
改めて、自然の美しさと脅威の表裏一体を見せつけられた。
映画のワンシーンのような距離感の中、無い頭で考える。
天災と人災。
想定外と想定外の中の想定内。
めまぐるしく発展する近代化に、十分な恩恵を受けてきた。
資源が無い事を言い訳に、安全神話を信じ込み見て見ぬふりを決め込む。
そんなの関係ねぇ。
あたり前の様に電気を使い放題垂れ流し、
いつの間にか、電気がないと困り果てる体質になった。
電気が無い時代を知らない。
生まれた時からそういう世界…。
その贅沢心と引き換えに、
未来の人達にも表裏一体のその責任を負わせる事になる。
その事に、生きてる間に気付く事がなかった可能性もあった。
人類はなにを求めて発展するべきか?
なにをもって発展というのか?金だけか?
空気も水も作物も危険に犯され、先祖代々の土地から退去を余儀なくされる人災被災者の方々。
現場にいないお偉いさんから繰り返される
‘直ちに’影響はない。という便利な言葉。
発展していく為には、仕方がない事なんだろうか?
先輩達は、何を思ってバトンをつないで来たのだろう。
という訳で、ろうそく時代から電気時代に移るきっかけともなった維新の頃にタイムスリップ。



目指すは、旧57号沿い。黒髪5丁目にある桜山神社。

しかも春季大祭。

桜。
 
桜。

境内。奥に本殿。奉納の儀式も…。

隠し撮り。すいません…。

神風連志士列墓

ここ桜山神社は、ハリウッド映画[ラストサムライ]のモデルとなったと言われる方々が眠る神社。
一言でかたずけるなら‘不平士族の反乱’。
学校の教科書的に言えば、刀狩りやちょんまげ禁止に反対した狂信的武装集団。か?
今ならもちろん‘そんな物騒な物はすてなさい’でしょう。勝てば官軍。批判もしやすい。平和ボケには、決して通じない。
しかし、刀やちょんまげに対する想いは、ハラキリ文化を持つ武士で無ければ理解できるわけがない。体ではなく魂で生きる彼らなりの国を想っての戦いがあったはずだ。
何を護り、未来に何を残したかったのか?
彼らには‘四海同胞’という島国らしいスローガンがあった。人類みな兄弟といった事だろう。
黒船を相手に、礼を尽くせば礼に応え、武力で脅すならそれ相応にというスタンス。国防の基礎。
いいモノはいいと、攘夷的ながら蘭学も学んでたらしい。
大正13年には、太田黒、加屋の両ツートップに正五位が贈与され、名誉回復もされている。
‘乱’から‘変’に変わったという事だ。
敷地内の資料館に入れば、また興味深い。
けっこうな数の和歌が残っている。
本当の武士は、非常に礼儀正しく、やさしく強い存在だったという。
大和魂というべきか。
外国メディアが称賛してくれる避難所での‘譲り合い精神’のDNAの素ではないかと思いたい。
まだまだ捨てたもんではない‘日本人だからあたり前’の高い品位の伝統的な精神。
開国維新以来、どんどんコンピュータ化して行く人間。しかし電気では動かない人間。
平気で道端にゴミ捨てきる人と捨てる発想すらない人の違い。
 
[国体の崩れゆく世ぞうらめしき、異国の人に腰をかがめて]
 
100年以上も前の先輩の言葉が身にしみる。

トモダチ作戦に甘えすぎる事なく、他国の人々の善意に感謝し
自らきちんと地に足をつけ、立ち上がる時だ。根幹から復興を。

3次災害で国のトップが頼りない中、後処理に対して見通しが立たない今も被爆覚悟で現場作業されている方々がいる。その強い精神力には、御家族を含め本当に頭が下がる。
くれぐれも無事の帰還を願いたい。
日本にはまだ、自分の事より、隣人の事を考える力を持つ真の侍が数多く残っている。







コメント
コメントする








    
この記事のトラックバックURL
トラックバック

calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>

selected entries

archives

recent comment

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM